文：トッド・マッカーシー（Todd McCarthy）



"Rope Burns: Stories From the Corner" というタイトルで2000年に出版された、ベテランのボクシング・カットマン（試合中の選手の止血係）F.X.トゥール作の6つの優れた短編小説のうちの一編であった"Million $$$ Baby" と名の40ページの物語を主に元にした、ポール・ハギスの脚本は、年老いたボクシング訓練の賢人フランク（イーストウッド）が経営する、安い使用料金だが家庭的なロサンゼルスのダウンタウンにあるジムを中心に展開する。

家族(疎遠になった娘に彼が送る毎週の手紙は、いつも返送されていた)は誰もおらず、トップへ行くことが可能なファイターを絶えず熱望しているフランクは、才能のあるヘビー級の選手(マイク・コールター）に自分の希望を置いている。 今タイトルを狙える位置にいる彼は、より財政的に豊かなマネージャーを得るために、有名になるまで彼を育ててくれた忍耐強いトレーナーを捨てる。



フランクは時代遅れの複雑な男である。頑固でつむじ曲がりでギスギスしている彼は、最も親しい友人で、ジムに住みこみ管理をしている片目の元ファイター、スクラップ(モーガン・フリーマン)に特に乱暴に振る舞っている。 疑問がありながらも規則的に礼拝に行くフランクは何かと注意を引くようになり、彼の司祭(ブライアン・オビルネ)は彼が欠席することを望んでいる。カトリック教との絆を維持しようとすると同時に、さらに彼はゲール語の研究とイエーツの詩を読む ことで自分のアイルランドの遺産への懸け橋を維持しようとしている。



自称田舎者のマギー(ヒラリー・スワンク)がジムに現われて、自分を(他の若いボクサーは全て黒人かあるいはラテン系である)訓練してくれるように言葉巧みに誘い始めるが、フランクは少しも歓迎していない。



彼は「女性」を雇わない・・・31歳であまりにも年を取っている・・・彼女はサンドバッグやスピードボールを打つ方法すら知らない・・・等、フランクはマギーをに思いとどまらせるようにあらゆる言い訳を使うのである。 ウエイトレスをして僅かな金で暮らしているマギーは、スクラップからちょっとした助けを借りて、ついにフランクの抵抗を打ち負かす。



マギーはボクシングに自分の人生を賭けている。彼女は、うまみのあるボクシング技術が、生活保護を受けているトレーラー住まいの貧しい母親や兄弟の暮らしよりもマシな人生を達成しようとする自分の狙いを具現すると決めていた。 彼らの間に擬似的な父娘の絆が育っていることは一目瞭然であり、マギーに好意を感じているフランクは、彼女に敬意を表し始める。 やがて彼女がリングで相手をなぎ倒し始めると、フランクの評価は増していく。



大穴を狙う若者と傷物の古びたバッグがペアを組み、互いに支え合いながら、一緒にトップまでたどり着く物語という点で、しばらくの間、"Million Dollar Baby" は、女性版「ロッキー」の分野に向かうと思われるかもしれない。 しかし、トゥールの小説に精通している人々はよりよく理解するだろう。また、イーストウッドの作品の信奉者なら誰でも、この監督が極度に単純化した物語などはやるつもりはなかったと悟るはずだ。



トロント映画祭で初演された "Crash" で監督デビューを果たしている、長年のテレビ作家だったハギスの脚本は、トゥールの気概のある散文の茶目っ気をいくらか薄めたが、3人の演技の構成が完全にバランスのとれた物語を提供している。 また、"Crash" やトゥールの作品における人種問題の非持久性と異なり、イーストウッドはいつものように、それらを無関係に描くかのように事務的に取り組んでいる。



しかし、イーストウッドとハギスは問題の核心から目を放してはいない。中心に置かれるのは、2人の物語である。 1人は他者より40歳も年上であり、2人は自分に無いものをそれぞれ持っている。---彼らがガードを降ろせば、お互いを許容出来るだろう。 決して母親の元へこそこそ帰らないマギーの決意は、彼女が自分の力でうまくやり遂げることを意味している一方で、フランクの人生における悔恨と疑念は、毎日彼をいらいらさせる。



彼女は目標地点まで、どんな事を行うか。



ほとんど瞬間ＫＯによる彼女の連勝は、活気のある喜劇的方法で見せられる。 だが、マギーが熱狂的な（大部分はアイルランド系を）スター選手として、ヨーロッパから戻った後、すぐに悲劇が続き、予想に反して情緒的で洗練された演出で伝えるこの映画は、完全に心が奪われる可能性を仕掛けられ、耐え難いほど感情に訴えるだろう。



しかし、イーストウッドはより厳格な性質の男である。そして彼がこの最終場面を扱う冷静さ、節度および明敏な誠実さは、心を打ち共鳴する領域へ作品を高めるのである。



生と死のドラマは瀬戸際まで押し進み、あらかじめ注意深く設けられた登場人物の厳しい問題 を越えて行く。 フランクの信念、責任を定める機敏さ、そして悔恨を処理する方法は、そのすべてが突然危うくなることで、疑問に向けられる。 さらに、彼は自分の人生において最も重要な決定を明確に考慮するために、自分の怒りや自己防衛を切り離す方法を見つけるのである。



深いわだちの砂利道を下る古いトラックの軋みのような声のイーストウッドは、フランクが最初にマギーを拒むゆったりとした無愛想さや、永遠に結ばれたカップルのような彼とフリーマン演ずるスクラップの間で交わされる口やかましい冗談を楽々とこなしている。



しかし、彼は、はるかに遠い先へ行くのである。 彼のしわくちゃな顔つきや即座の返答は、彼の就寝時の祈りや、自分が悪魔に解放されない人間であることを懺悔する司祭との悲痛な遭遇のように、絶えることの無い不安を表わしている。 意外にも傷つきやすい本作での彼の演技は、最も独特なものの1つのようであり切迫感がある。



力強く見えるが実際はそうではない、幸運にも自分の役作りに凝り性なスワンクは、かなりの時間ジムで練習を積み、リングで実際に戦っている女性たちを相手にして上達した。 さらに、彼女は自分の人生を駆り立てるために1つの大きな信念を決めた無教養な下層階級の女性を印象づけたが、逆境に直面した時、彼女の精神力や飾り気のない気前の良さが心の平静を与えている。



フリーマンは白髪の老ボクサーとして完全に信頼に値する。 性格描写に関しては、過去10年間マギーが行って来た事における答えのない問い（小説では、彼女は自身と戦うつまらないストレッチをかなりやらされていた）や、ジムでぶらぶらし、彼のボクシング幻想はスクラップや他の者たちに満足させられてるというデンジャーという名のマヌケに関係があるので、秘密にしておくのが最良だ。 デンジャーは50年代の戯曲やテレビの感傷的にされた登場人物にかなりそっくりなところがある。



本作でのイーストウッドのスタイルは凝縮され、そぎ落とされているので、地方色やロケーション施設のような予想される微細な点に頭を悩ますことはほとんどない。 彼はただ自分の演ずる感情的な人物に飛び込むだけである。



ベテランの美術担当者ヘンリー・バムステッドは、住居兼用のジムと共に雰囲気の大部分を創造している。 撮影のトム・スターンは登場人物たちへの照明を時々大胆に暗くしている。 イーストウッド自身が、質素な純真さに注目すべきスコアを提供した。



ほとんどの彼の同時代の人がずっと前にグローブを置き、ゲームの頂点に居続けているクリント・イーストウッドは、 "Million Dollar Baby" をもってもう一つのノックアウト・パンチを打っている。 あたかも「許されざる者」や「ミスティック・リバー」が全く重要でなかったのように、この限りなく機略に富む監督は、決意の固い女性ボクサーと彼女の非妥協的なトレーナーとのこのだんだんと燃えていくドラマに、まさに暗く深く入っている。 イ−ストウッドの物語は、価値ある親交の慎み、悲劇、いたわり、そして苦い人生知識を含んでいる。 「ミスティック・リバー」は本当に悲観的な作品という誰もの商業的予想を非常に越え、ワーナー・ブラザーズはこの作品で、批評的喝采を興行成績の勝利へ変えるという同様の挑戦に直面する。



過去にこれほど多くの成功を収めたイーストウッドは、大衆の受容を信用しようとしない妨害材料に大胆不敵に取り組み続ける。 彼は、多くのことを気にかけながら(死、モラル、決断、誤りのある人生、そしてこの世で人間の短い寿命に作ったもの)、自分の映画製作スタイルを磨き続けている。ある意味、非常に高度に純化した作品が抽象画に近づくかのように。

2004　/　12　/　04

「ミスティック・リバー」への肯定的な反応に勇気づけられて、クリント・イーストウッドは、人がちょうど慈悲を求めるように神から隠れることが出来る魂の暗い領域に入る映画、"Million Dollar Baby" （以下：MDB）において、人間の存在の悲劇的側面における彼の探求を続けている。 表面上、この映画は、ミズーリ州からやって来た性悪女と彼女を雇う白髪のあるアイルランド人でカトリック教徒のトレーナーについての、シンプルなボクシング・ストーリーである。 イーストウッドの勤勉で必要最低限の演出の下で、（彼の映画作りはヘミングウェイの歯切れが良いが控え目な散文の映像的な等価物になってきた）物語は、たぐいまれな女性のように精神を高揚させる悲劇的局面が明らかになる



"MDB" は、いつものイーストウッド作品よりは映画ファンの狭い範囲に訴えるだろう。 この映画は、結局、犯罪物語だった「ミスティック・リバー」の推進力を欠いている。また、物語はめったにジムやボクシング・リングから出ていかない。 この映画はたぶん大都市の市場で平均以上の結果を達成すると同時に、批評的な反応や考えられるオスカーの候補指名は興行成績を相当増すかもしれない。



ポール・ハギスの脚本は、カットマンと試合のマネージャーを長年務めてきたジェリー・ボイドが自らの経験を元に、70歳の時にＦ・Ｘ・トゥールのペンネームで執筆した短編集 "Rope Burns: Stories From the Corner" から書かれたものだ。 内容としては、昔からある、型にはまっていてありふれた筋が好まれる表現形式であることに違いない。 ジムのネズミたちになるイーストウッド、ヒラリー・スワンクおよびモーガン・フリーマンの個性的な演技力は、ほとんど神秘的なヒロイズムの物語において、彼等に説得力のあるイメージを生じさせる。



フランキー・ダン（イーストウッド）は、心を閉ざしており、気難しい奴である。 たった一人の娘から疎遠にされている彼は、（映画はどうして彼が娘の軽蔑を受けているかの真相を明かさない）、自分の所有するロサンゼルスのダウンタウンのジムに閉じこもり、ジムを管理する元ボクサーのスクラップ（フリーマン）や練習生に囲まれている。 フランクはどちらかといえば、神と仲が良くない。 ほとんど毎日ミサに参加するが、怒りっぽい司祭（ブライアン・オビルネ）といつもケンカになってしまう。



臆病な田舎者のマギー・フィッツジェラルド（スワンク）は、フランクに自分を訓練してほしいとフランクに頼み込むが、彼の答えはそっけない：彼は31歳であまりにも年を取っている。また彼は“お嬢ちゃん”には教えない。 にもかかわらずマギーは、いやいやながら彼女を雇う状況にするようフランキーを降参させるまで、スクラップから時々助言を受けながら、1年間彼のジムでトレーニングを積むのである ファイターとトレーナーの苦難に満ちた道のりは、選手権試合に結びつく。 ここで物語は突然、愛の本当の意味や悲運は償いを救うことが可能であるという奇妙な人生に2人が直面することを余儀なくされる悲劇へと変わって行く。



この映画にはわずかな登場人物しか出てこない。 ジェイ・バルチェルはボクサーになる妄想を持った精神的に問題のある男の役で抜きん出ている。 マギーのトレーラー住まいの貧しい家族は、型にはまった映画を圧倒するように威嚇する。 彼らを除けば、"MDB" は3人の登場人物のドラマである。



明らかにマギーはフランキーが欠いている娘となっているが、彼らは最後まで親密な間柄ではなく好戦的な関係である。 同様に、フランクとスクラップは、長年連れ添った夫婦のようにつまらぬことで口論をする。にもかかわらず、その見かけの下にはやむにやまれない相互依存がある。



******中略***********



彼はすべての選手たちに自分を保護することを教えるが、彼が本当に保護したいのは自分自身である。 したがって、彼は決してタイトル・マッチへ自分の選手たちを出場させないが、それは試合を望んでいるマネージャーの元へ彼らを追いやることである。 彼が遂にタイトルマッチに承諾する時、彼の最悪の恐れは確実になった。



この作品は、詩や聖書に基づく説教がやや自意識の強いスクラップによるナレーションが重なって語られる。 監督イーストウッドは、マギーのファイト・シーンのように個々の場面を単純で迅速に保っている。 一度求める感情に訴える衝撃を得さえすれば、（撮影を）カットしてすみやかに進行していくのである。



同様に、キャラクターの憂鬱を反映する孤独なギターがたびたび生ずる、イーストウッドの音楽（レニー・ニーハウスによる編曲）は削ぎ落とされている。 ヘンリー・バムステッドが手掛けたセットはいかにも使い古した感じで、かび臭い汗の匂いがする。 トム・スターンの撮影は、光と影を正確に映し出すと同様に、柔らかい色調において簡明である。

2004　/　12　/　06

ローリング・ストーン誌は昨年、「ミスティック・リバー」を“2003年ベスト10ムービー”の 1位としており、選定した同誌の専属映画評論家ピーター・トラヴァース氏が今回も "MDB"を評論しています。


ボクシングに因んだ表現がありますが意訳せずにそのまま訳しています。

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74歳で、クリント・イーストウッドは選手権シーズンの再来を楽しんでいる。


昨年彼は「ミスティック・リバー」を監督し、悲劇的な詩劇を見せた。それはボクシング物語に見せかけた人間の心の縮図を圧倒的に描いた "Million Dollar Baby" にまで浸透している。


Ｆ・Ｘ・トゥールの短編小説集 "Rope Burns" の一編からポール・ハギスが脚色した、この感情を打ちのめす映画は、ファイターになることを望む、ミズーリ州から来た無教養なウエートレス、マギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)を中心に描く。


マギーの夢は彼女を、トレーナーでありカットマン（試合中の止血係）フランキー・ダン(イーストウッド)のいるロサンゼルスのジムに来させる。 “お嬢ちゃんは、ねばり強さがない”という彼は、女性の戦士たちには辛抱出来ない男だった。 彼はマギーに、31歳ではボクシングを始めるのに年をとり過ぎていると話す。


そうでないと考える一人の人物は、元ボクサーでフランキーの相棒スクラップ（これまでの作品中で最高のモーガン・フリーマン）である。


もしあなたが、“「ロッキー」がんばれ、がんばれ！”といった構成を感じ取るなら、あなたはイーストウッドを理解してはいない。


災いがリングに上り、脚本が涙を誘う決まり文句を弄ぶ場合さえ（マギーは搾取的な家族、フランキーには疎遠になった娘がいる)、イーストウッド-- 真のフィルム・アーティスト -- は、決してあなたを連打することはない。


スワンクは狂暴性と感受性を備え、期待に応えている。また、イーストウッドとフリーマンとのとげとげしい信頼関係は楽しい。 しかしノックアウト・パンチはイーストウッドの方から来るのである。


彼のそぎ落とされた演技は -- これまで彼が演じてきたどれよりもパワフル -- 無骨さと幽霊にとりつかれたような美しさを持っている。 同じ事はこの映画にも言えるだろう。


評：ピーター・トラヴァース (PETER TRAVERS)


★★★1/2

2004　/　12　/　10

Million Dollar Baby: Clint Delivers A Knockout


評：デイヴィッド・アンセン　(David Ansen)


F.スコット・フィッツジェラルドが巧く表現した通り、“アメリカ人の生涯には2幕目はない”。 しかし、人はその言葉をクリント・イーストウッドに伝えることを怠った。
74歳で3幕目に入っても順調な彼は、自分の経歴において最良で、最も自信に満ちた仕事をしている。そして彼はそれをいつものように、速やかに、つつましく、騒がず、自分の流儀で行うのである。 悲観的な叙事詩的作品「ミスティック・リバー」の1年後、彼はボクシング界の地獄を舞台にした"Million Dollar Baby" を自信ありげに持ち出してくる。 物語の焦点は、よりこぢんまりして、より個人的なものである。
イーストウッドは、ロサンゼルスに住む、用心深く孤独な、ジムの所有者兼ファイト・マネージャーを演じる。 彼は、人生には何もないアーカンソーの貧しい白人労働者だがリングで闘うという熱い決意を持っている31歳のマギー・フィッツジェラルドを訓練することをいやいや同意する。


これは、「ガール・ファイト」や30年前の「ロッキー」から続いているスポーツ映画のお約束に落とし穴を仕掛けて来る設定および構成である とはいえ、これは、イーストウッドは彼のジャンル映画を一休みしているしているわけではなく、 「ミスティック・リバー」よりは小品かもしれないが、どの場面も妥協しておらず、これまでよりパワフルである。 あなたはこの物語が目指すものを知りたいと思うだろうか？思わないだろう。私は、話さないで欲しいというあなたの頼みを聞き入れよう。 ただこれだけは言っておこう。
あなたがその真意を知る、まさにその瞬間、 "Million Dollar Baby" は、度肝を抜くようなフックであなたの弱点を突くと。


俳優としてのイーストウッドは、毎日ミサに出席し不敬な質問を繰り返しては神父をいらいらさせている、無愛想で罪の意識に悩むローマ・カトリック教徒のフランキー・ダン役を演じ、複雑なキャラクターに見事に取り組んでいる。 フランキーは、数年前に追い払ってから疎遠になった娘のことでくよくよしている。
彼の唯一信頼できる友は、フランキーの時代遅れのジム、“ヒット・ピット”を管理する、元ボクサーのスクラップ(モーガン・フリーマン)である。 フランキーは、イエーツの詩を読み、ゲール語（文化）を勉強している。また彼は運を天に任せることを好まない。 彼は、自分の選手が負傷する危険があるなら、選手がタイトル・マッチに挑戦することを妨げるほうがよいと思っている。 やがて、フランキーに管理されている者たちは、より素晴らしい活動の場を求めて必然的に彼を見捨て、彼はその報いを受ける。 マギーが現れるまで、彼を自分の殻から出した者はいなかった。
彼らの間に育つ愛情が自分の娘に与えることが出来なかった愛情であることは一目瞭然である。
カメラの前でイーストウッドは象徴的な役柄を順調にこなす。本作での彼は自分のキャラクターに完全に宿っている。 常に自分のガードを上げ続けていることにとりつかれた男をとげとげしく演じている、イーストウッドは、最も大胆な、感情的で、無防備な演技を見せてくれる。


「ボーイズ・ドント・クライ」での演技が驚異的だったスワンクは、今や消滅しつつある様式化された主人公の女性役をそれほどうまく演じてはいない。
***中略***
ひとたび適切なボクシング技術を学んでしまえば、対戦相手をキャンバスに叩きつけるＫＯブローを放つマギーのしなやかな肉体を通して、スワンクは我々を爽快な気分にさせる。
***中略***
彼女の身体言語は叫んでいる。


ボクシング界の詳細に観察されたディテールはF. X・トゥールの協力によるもので、彼の小説 "Rope Burns" の一編を元に、ポール・ハギスが脚色している。 ハギスは、登場人物に肉付けはしていながらも原作に忠実なままであるという素晴らしい仕事をした。 この物語の語り手となるフリーマン演ずるスクラップは、トゥールの短編には登場しない。 （ＯＫだが、ナレーションがもうちょっとあった方が良いかもしれない） 彼は、フランキーに相談相手を与える（そしてフリーマンには驚くべき役を）、経験豊かな補足者である。 マーゴ・マーティンデールは、貧しい労働者で冷淡で自己中心的なマギーの母親役として見事な厭らしさを見せる。


"Million Dollar Baby" は感傷的であり風変わりであったかもしれないが、イーストウッドとハギスは 、もっと厳格な気質である。
明解で、急がない、現実を直視する自分の方法で、イーストウッドは痛々しく、深く心を打つ場所へ観客を連れていく。 もし、あなたが激しく感情が揺れることを恐れるのなら、この作品はあなた向きではないだろう。 しかし、あなたが最も納得のいく形でハリウッドの映画製作を見たいと望むのであれば、イーストウッドは本物の証を見せたところだ。

2004　/　12　/　11

以下は　アメリカの著名な映画評論家であるロジャー・エバート氏 のホームページに掲載されていたレビューです。


http://rogerebert.suntimes.com/

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Million Dollar Baby


評：ロジャー・エバート(ROGER EBERT)　★★★★


クリント・イーストウッドの"Million Dollar Baby" は傑作だ。純粋でシンプル、深遠で偽りがない。 その作品は、老ボクシング・トレーナーとボクサーになれるかもしれないと考えている田舎者の女性を描いており、トレーナーの親友である元ボクサーによって物語れる。 しかし、それはボクシング映画ではない。あるボクサーについての映画である。
それは他に何があるのか、それが全てなのか、それはどのくらい深く進行するのか、それが持っているのはどのような感情のパワーなのか、私はこのレビューでは紹介出来ない。 なぜなら、この物語を見終わった後に起こる、生と死における最も測り難い不思議な体験を台無しにしようとは思わないからである。 これは今年最高の映画である。



イーストウッドはトレーナーのフランキーを演じる。彼はロサンゼルスのくたびれたジムを経営し、本業の暇な時に詩を読んでいる。 ヒラリー・スワンクは、ミズーリの南西部出身のマギーを演じる。彼女は13歳からウェイトレスをしており、自分の残りの人生のためにウエイトレスから抜け出せるひとつの手段としてボクシングを魅力的だと思う。


さもなければ、彼女曰く、「故郷に帰り、中古のトレーナーを購入して、deep fryer （※フライ用の深鍋？）やオレオ（クッキー）を得たほうがよいかもしれない」 モーガン・フリーマンはスクラップを演じる。彼はフランキーの傍らでタイトル・マッチを管理していた。現在、彼はジムの一室に住み込んでおり、数十年間に渡って一緒にいる、フランキーの話し相手である。　 フランキーが“お嬢ちゃん”を訓練することを拒んだ時に、マギーにチャンスを与えるよう 彼を説得したのはスクラップである。
「彼女はあることを理解することで大人になったんだ。自分はクズだったと。」


これら3人の登場人物には、映画には稀である明晰さと誠実さが見られる。
自分の細い体に余分な肉を付けないイーストウッドは、自分の映画においても何も水増ししてない。 この作品がちょうど最後の場面の深い感動に近づく時、彼は安易な情感表現を得ようとせず、やるべきことをやるこれらの人々を冷静な目で見つめるのである。


何人かの映画監督たちは年齢を重ねる毎に興味の中心を失ってしまうが、一方では、必要とされるものそして他にはまったく無いものをすべて含む物語の伝え方を学びながら、それを増やしていく監督たちもいる。 "MDB" はイーストウッドの25番目の監督作品にして、彼の最高作品である。
もちろん「ミスティック・リバー」も偉大な作品ではあるが、この作品は古典的な話法における素朴さや素直さに到達している。 あなたが劇場にとても落ち着いて坐っていると、非常に心配する人に深く引き込まれるような映画である。


モーガン・フリーマンは、ちょうど「ショーシャンクの空に」のような語り手である。
フリーマン演じるキャラクターが、終生、自分の注目に値する対象となった人物を詳細に述べていくという点で、本作は「ショーシャンクの空に」に類似している。 その声は平板で現実的である。---スクラップが自分の言葉を装ったり、特定の解釈を加えるようには聞こえないだろう。 彼は何が起こったかを我々にただ伝えたいだけである。
彼は、どうしてその女性がジムに入ってきたのか、どうして彼女は去るつもりはないのか、どうしてフランキーは最終的に彼女に教えることを同意したのか、そしてそれから何が起こったかを語っている。 しかしスクラップは単なる観察者ではない。---　他の者たちが画面に写らない時、作品は彼に彼自身の人生を与えるのである。 それはこれら3人すべてについて言える。


マギー役のヒラリー・スワンクは驚くべきものだ。あらゆる評判は真実である。
彼女はマギーを猛烈に強くさせる。 彼女とスクラップが食堂のカウンターに坐り、***中略***　スクラップが語る場面を考えてみよう。 それはフリーマンにとって重要な場面ではあるが、どうしてスワンクは、マギーを完全に聞いているだけにさせているのか、私はあなたに気づいてほしい。 完璧な静寂、深い傾聴、そしてぐらつかない凝視以外は、反応も、わずかな頷きも、身振りによる言葉もない。


もう一つ、フランキーとマギーがマギーの家族を訪れた後、車でドライブする夜の場面がある。 その訪問は失敗だった。
マギーの母親は無知で利己的な怪物のようにマーゴ・マーティンデールが演じている。 「私はあなたの他は誰も得られなかった、フランキー」とマギーは言う。これは真実である。しかし、 彼らの間にロマンスがあると誤解しないでほしい。それはロマンスとは異なり、それよりもっと深いものである。 彼女はフランキーに、愛していた自分の父親や可愛がっていた老犬の話もする。


この場面における、撮影担当者トム・スターンの光の使い方を見て欲しい。
前部の座席全体を神秘的に照らすような、ありふれたダッシュ・ボードの明かりを使わず、スターンは、いかに彼らの顔に影をスライドイン、スライドアウトさせるか、会話が聞こえるだけで、彼らは少しも見ることが出来ないことが何回あるか、注意してほしい。 あたかも映像がその会話を愛撫しているかのように、この照明のリズムがセリフの調子や速度にいかにマッチしているかに注意してほしい。


本作は至る所で暗い映画である。---　多くの影、多くの夜の場面、個人的運命に傾いていくようにみえる登場人物など。 本作は、マギーの発展を見守りいくつかのファイト・シーンがあるという意味では、“ボクシング映画”である。 彼女は始めから勝つが、それが要点ではない。
"MDB" は、自分自身の中に何かを造る決意を固める女性、そして、この女性のために何もしたくないと思っていたのに、最終的にはあらゆることをしてやろうとする男を描いた作品である。


脚本はポール・ハギスが手掛けている。彼はＴＶでほとんど仕事をしてきたが、今回の作品があればアカデミー賞のノミネートを受けるだろう。 たぶんアカデミー賞の他のノミネートは、スワンク、イーストウッド、モーガン、作品と多くの技術部門に行くだろう。---　ひょっとするとイーストウッドによって作曲された、常に要求されたものを行い、当惑させることがないオリジナル・スコアも可能性がある。


ハギスは、70歳のボクシング・マネージャー、ジェリー・ボイドが、Ｆ.Ｘ・トゥールというペンネームで2000年に出版した小説 "Rope Burns: Stories From the Corner" の物語を脚色した。 会話は詩的であるが、決して想像で書かれたものではない。
「彼女の体重はどれくらい？」と、マギーはフランクに数年間会っていない娘について尋ねる。 「私の家族のトラブルはポンド単位で起こるのよ」
また、フランキーがスクラップが机の上に脚を載せているのを見て：「お前の靴はどこへ行った？」 スクラップ：「脚を乾かしてるのさ」。
脚絡みの会話は、登場人物の感情を引き出すことを許す作品の寛大さを見せながら、ほとんど1分くらい続く。


イーストウッドは登場人物を支援することに注意深い。彼はより本物らしい周囲の世界を創っている。 最も予想外だったことは、明らかに善人として描かれていたカトリックの司祭である。--- 最近の映画はすべて、聖職者に否定的な解釈を加えるように感じる。
フランキーは毎朝、ミサへ行き、毎晩祈りを捧げる。またホルヴァック神父（ブライアン・オビルネ） 23年間の毎日のミサに出席する誰もが、多くの罪を抱えがちであると言っている。
フランキーは重大な時に彼にアドバイスを求める。すると神父は教会の通説ではなく、聡明な洞察力で答えるのである。 「もしあなたがこのことを行えば、あなたは迷うだろう。自分が分からなくなるほど、深いどこかで」 また、聞いて欲しい。
ハギスがマギーに "frozen" という言葉を使わせる時、それは無教養な裏通りの少女が言いそうな言葉であるが、それはまた、無数の言葉でも表現出来ない単一の完全な言葉である。


最近の映画は、非常に多くの場合、特殊効果や大騒動を引き起こすもので作られている。
この作品は、3人の人物と、彼らの行動がどのように彼ら全員から起因するのか、なぜそうなるのかという具合で作られている。 他には何もないが、それがすべてではないのか？

2004　/　12　/　15

3 People Seduced by the Bloody Allure of the Ring

リングの赤い魅力に誘惑された3人の人間


評：Ａ.Ｏ.スコット　(A. O. SCOTT)





クリント・イーストウッドの"Million Dollar Baby"（以下 "MDB" ）は、今年、ハリウッドのメジャー・スタジオによって公開された作品の中で最高の作品である。そしてそれは、最も威厳があり、最も野心的で、最も創意に富んでいる、というわけではない。 それどころか、それは辛抱強く、穏やかな方法で演出された、ひっそりとした親密な規模の3人のドラマである。 賢さをほのめかした見せびらかしや、最近に特に多い重要な映画製作のふりをしたうわべだけの小細工などが何もない、


気難しい白髪のボクシング・トレーナーが、勇気ある若いファイターによってやさしくなるという物語は、一目したところ、使い古した運動靴と同じくらい真新しい物語のように思える。 これはワーナー・ブラザーズの配給作品であり、もしそれがカラー作品でなかったら（そして前述の若いファイターがもし女性でなかったら）、"MDB" はその感傷と気概とがよく交じり合った調合のせいで、70年間どういうわけか置き忘れられた、スタジオの1934年の上映予定作品からの一映画と間違うかもしれない。


イーストウッド氏は、自分を大恐慌時代の逸品の一種であると言っているわけではないが、（彼は来年で75歳になる）彼は、郷愁や、過去の映画の伝統様式の自意識的引用や、さらに、その目的のために実直であることに興味を示す。 その慎重で控え目な自然主義で、その映像的節約、そして情感の素直さのせいで、"MDB" は、すぐに現代的かつ古典的な感じと同時に、力量を示す必要は特にない完全な達人の仕事の感じを与える。


イーストウッド氏は、逆境と回復の意図的な交替という、ボクシング映画のジャンルにおける約束事を、和音が聞き慣れた歌に変わるように表現する。---　器用で鋭敏なミュージシャンの手による、新しい価値と予期しない深く難しい感情の蓄積を生じさせることが可能なスタンダードナンバーのような。


イーストウッド氏（音楽について言うと、彼は作品における温和な控え目なスコアの作曲もした）は、 フランキー・ダンを演じる。
彼の親友は、昔からフランキーが世話してきた、元ファイター（通称スクラップ）のエディ・デュプリス（モーガン・フリーマン）で、最後まで彼は時々複雑になる筋を補うように厭世的なナレーションを務めている。


男たちは二人とも、耐え難い挫折と悔恨を抱えている。---　フランキーは娘を、スクラップは眼を。 しかし、彼らは優雅にその重圧に耐えており、陽気な運命論を持って、孤独や年齢による収穫逓減を甘受している。 スクラップはジムでブラブラする若い自称タフガイとスパーリングし、彼らのマスコットであり身代わりである愚鈍な孤児を気にかけていた。 フランキーはその間に、イエーツの詩を読み、ゲール語を勉強し、毎日ミサへ行って、無意味な神学の意義申し立てをしては、怒りっぽい若い聖職者をいらいらさせていた。 スクラップとフランキーの間で交わされるひやかし合いは、---　イーストウッド氏は無愛想で無口であるに対してフリーマン氏は温かくウィットにあふれた芝居という状態　---　この映画の主要な楽しみのうちの1つであり、長年の友情における安楽なものや擦過部部分に興趣を添える映画話法の必要事項をイーストウッド氏が考えないようにしている、長く充足した休息の時である。


フランキーはAARP（全米退職者協会）の会員にふさわしい年齢になって以来、イーストウッドが演じてきた気難しい時代遅れの男の延長線上で最新の男であり、強靭な男らしさという名の無敵の殿堂にいる、「ハートブレイク・リッジ」の一等軍曹や「スペース・カウボーイ」の（他の数名の中の一人である）引退した宇宙飛行士と結びついている。 ひょっとすると、ジーン・ハックマン（彼はイーストウッド氏とフリーマン氏と「許されざる者」で共演した）を除くアメリカの俳優は、イーストウッド氏が年齢を重ねるとともに、より完全で複雑な状態になっているような味には熟成されていないのかもしれない。 監督として、イーストウッド氏生来の強靭さは、力強い気品へ円熟してきた。そして俳優としての彼の限界は、力の源になってきた。 "MDB" の後半で、フランキーが涙を流す時、その瞬間はある特別な哀感をもたらす。
それは、私たちがイーストウッド氏が泣くのを見ることに不慣れなだけではなく、私たちが彼がその器 であるかどうかを疑うかもしれないからだ。


その臆病さが、---　彼はそれを良識と見なすことを好む　---　自分をトップクラスから遠ざけさせた、才能あるプロフェッショナル、フランキーは、彼のジムに現れ、ノーを答えであると思うつもりはないウエイトレス、マギー・フィッツジェラルド（ヒラリー・スワンク、「ボーイ・ドント・クライ」以来最高の演技だ）という名の成功しそうもない人物に第2のチャンスをもらう。 フランキーは、彼女を訓練しない、そしてその理由は、どんな場合でも栄光を目指すために多くのチャンスを得るには、マギーは既に30歳で年をとり過ぎている、と言い張る。 しかし、彼女の熱望と苦行のコンビネーションは、フランキーの抵抗を打ち負かす。 （そしてスクラップの秘密の専門知識は、自分の相棒のわずかに残っている心の琴線を巧みに操る） そしてフランキーとマギーはすぐに、勝利に向かって古典的な負け犬の旅に乗り出す。


あるいはまた、そのように私たちは思い込まされるのである。
映画の中盤、フランキーとマギーが、ミズーリ州にある彼女の故郷の不愉快な家庭への失敗に終わった訪問をした後、イーストウッド氏は、フェイド・トゥ・ブラック（注：次第に映像が黒み一色になっていき、消えてしまうこと ）させることで比較的重要ではないシーンを静かに終える。---　これは、今後より深遠となる暗闇の、微かな、些細な、そして寒気のする前触れである。


ポール・ハギスによって書かれた"MDB" は、ぎらぎらして獣のにおいのするボクシング物語であるＦ.Ｘ・トゥールの短編小説集 "Rope Burns" の幾つかの物語を元にしている。 トゥール氏の作品には、イーストウッド氏の昨年の映画の原作であるデニス・ルヘインの「ミスティック・リバー」においても発見できるであろう、どろどろしたアイリッシュ・カトリックの運命論がある。---　そしてイーストウッド氏の取り組む方法もそうだ。 この映画は、家族や地域社会に関わっているというよりは、もっと小さな、個人的な運命に関係している。 しかし、むしろ本物の悲劇の影は、静かな私事の空間上により深く落ちるのである。


イーストウッド氏の宇宙は、暴力的で容赦のない空間である。
そこでの体制破壊主義に対する唯一の防御は、残忍な行為におけるプロフェッショナルな規則（ボクシングといううまみのある技術はこの例である）や、友情における相互の恩義である。 イーストウッド氏は、彼の厭世観だけでなく、感動の誘因として、あるいは安易な慰めの源として、ロマンチックな愛を利用することを嫌がる故に、アメリカの映画製作者たちの中では珍しい存在だ。 "MDB" には、フランキーとマギーの間にセックスが生じないという疑問がある一方で、 多くの愛がある。それはもっぱら、父親としての愛であり、子としての愛であり、兄弟の愛である。 それはまた、残酷な運命の働きに対する、不毛でありながらも避け難い償いであることがわかる。


私はこの飛躍が抽象的になっているのをお詫びする。
それは、ひとつには、"MDB" に圧倒的パワーを与えている度肝を抜くような驚きを暴露することを避ける唯一の方法であるからだ。　 しかし、そのようなもったいぶった表現も、その力の本質、そして、この親密な、何気なく語られた物語の予想外の寛大な態度を連想させるひとつの方法である。 作品は、めったに３人の主要登場人物からその熟視を変えない。
彼らは激しい個性で興奮し、彼らの話し方はわかりやすいアメリカの自国語の中で今もなお生きている詩を解放する。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　


フランキーがウィリアム・バトラー・イエーツの賛美者であることは、偶然の出来事のように見える。 晩年のイエーツは、雄弁さに幻滅を感じて簡素な文体を身につけて、数々の最高に卓越した詩を創作した。---　その詞は素直で力強く、型にはまる危険を冒すことを恐れない。 映画の後半、フランキーは、自分の最も陰鬱な時に、若かりし頃のイエーツの飛翔と変身という牧歌的な夢を語った "The Lake Isle of Innisfree" から、前後関係の中で意味をなす選択範囲を読んでいる。


しかしながら、イーストウッド氏自身は、"The Circus Animals' Desertion" のような後期の詩における感受性により近い。"the foul rag-and-bone shop of the heart" における彼の見事なイメージが、フランキーのジムを描写したのかもしれない。 あるいは、イエーツの"Last Poems"　の中に "The Apparitions" という一節があり、それは寛大であると同時に悲しみを催す、この老いた達人であるイーストウッド氏および彼の新しい傑作における逆説的な精神を捉えているように、私には思える。





When a man grows old his joy
Grows more deep day after day,
His empty heart is full at length
But he has need of all that strength
Because of the increasing Night
That opens her mystery and fright.

2004　/　12　/　20

Eastwood's 'Baby' packs wallop to the heart
イーストウッドの「ベイビー」はハートに強打を食らわせる。



評：マイク・クラーク (Mike Clark)




現在のクリント・イーストウッドには、映画ファンに証明するものはもう何もない。彼の演じたマカロニ・ウエスタン・ヒーローが戦いで最後のガンマンにしたように、彼は自分に関するすべての先入観を撃ち殺した。


にもかかわらず彼は、多様な衝撃を備えたボクシング映画 "Million Dollar Baby" ( 4点満点の★★★★)という、情け容赦のないノックアウトパンチを用い、現在も依然として自分自身を徹底的に再構築している。


イーストウッドは監督を務め、彼の最高の演技の映画で、ボクサー役でないのは一目瞭然だがボクシング・ジムの経営者役として、彼の最高の演技である作品で主演している。


いまだ堂々たる筋骨と荒々しい声のせいで、彼は人々を自分の指導に従わせる権威を持っている。 しかし、その性格には欠点がないわけではない。
疎遠になった娘へ毎週出している手紙は返送されていた。
また彼は、毎日教会訪れる間、自分よりはるかに若い聖職者と対決的な姿勢であるために、確実に頭に来た聖職者はとうとう「明日からミサに来ないでくれ」と宣告してしまう。


それでもまだ、観客は彼の気難しさに肯定的だろう。
そして我々は、ヒラリー・スワンクが胸が張り裂けんばかりに演じるウエイトレスが、何故彼にトレーニングしてもらいたいかを理解するのである。


32歳に近いことで、ほとんど選択肢のないスワンクのキャラクターは、自分が無学であることについては素直である。 しかし、2つの忘れがたい場面において、私たちが遂に彼女の親類を見る時、彼女は控え目なお嬢様のようにふるまうのである。


イーストウッドは女性のボクサーたちとは何もしたくない。
しかし、個人の運命はその女性が彼をボスと呼ぶ女性が好みであり、ある自然な刺激が彼の心を変えることに結びつく。


その刺激は、自分の選手時代にイーストウッドをカットマンとして使っていた、片目のジムの居候（モーガン・フリーマン）からやって来る。彼らは自身の悲しい過去を持っている。 しかし彼らは、傷ついた神経に障らずに、絶えずお互いを刺激することが出来るのでうまくやっている。


スワンクが、思いがけない勝利と自尊心を積み重ね始めることで、人はこの映画がどこかに向かっていることを感じる。 行き先ははっきりしないが、帰って来た「ロッキー」が現れないだろうことを暗示させる表現主義的な影のようなものの中に主人公たちは焼きつけられている。 素晴らしいシーンが、未知のレベルへ映画を導きながら素晴らしいシーンに続いていく。
名人芸と言えるシークエンスの中には、スワンクが初めての家族との再会を不安がる件や、フリーマンが、ジムをうろつくボクシング通の何人かが自分の負担になっていることを考える件がある。


スワンクはアカデミー賞を受賞した「ボーイズ・ドンド・クライ」以来、役を振り当てることが最も簡単な女優ではなかった。 しかし今回の演技は少なからず“一発屋”という疑いをすべて晴らすだろう。---　ファイト・シーンにおいての彼女が納得させるからである。目を見張らせるような、信頼に値する形で。


最高の状態でのボクシングは気分を爽快にすることがある。そのことは、二年前の冬に、現在も快調な70代の映画製作者であるロバート・アルトマンの「ゴスフォード・パーク」を見て以来、わかっている。


いくぶん過大評価されたかもしれない去年の「ミスティック・リバー」より優れている "Million Dollar Baby" は、「許されざる者」と同様に優れている。 あるいは、別の言い方をすれば、イーストウッドがこれまで監督してきたどの映画とも同じように優れている。

2004　/　12　/　15

The emotional gloves are off


評：ジャミー・バーナード (Jami Bernard )




'Million Dollar Baby" はノックアウト（パンチ）だ。


それはあらゆる点でクリント・イーストウッドのベイビーである。---　人間の隠喩としてスポーツを用いる、「レイジング・ブル」のような偉大なボクシング映画のレベルに近づいている映画だ。


しかしながら、"MDB" は、わかりきった勝利の結末に結びつくトレーニング場面のモンタージュといった、典型的なボクシング映画の約束事は用いない。


代わりに、それは情緒的に満ちている領域を深く掘り下げて、スポーツでは用意することができない決断を下すことを登場人物たちに強いるのである。


この映画は戦う形相をした3人の役者たちを出演させる。
彼の驚くべきキャリアにおいて最高に感動的でありのままの演技を披露しているイーストウッド。 ナレーター役およびイーストウッドの引きたて役として、頼りになるモーガン・フリーマン。 そして、ヒラリー・スワンクは「ボーイズ・ドント・クライ」における性同一障害の女性役と同じくらい印象的な、もう一つの肉体的変身を経験している。


イーストウッドは監督、そして、小規模なボクシング・ジムの白髪混じりのオーナー、フランキー・ダン役で主演を務める。 会員はごくわずかだが、その場所はフランキーの過去の亡霊でいっぱいだった。----彼はどういうわけか成長した自分の娘に疎外されていた。そして昔のボクシング上の失敗による自責心に漬かっている。


実際、このジムは、もはや得られそうもない物を望んでいる、道に迷った孤独な人々にとっての隠れ家、もしくは監房である。 元“カットマン”で、時々マネージャーを務めるフランキーは（彼は、ハンザムな新人俳優マイク・コールターが演じる、最後の依頼人に捨てられた）のフランキーは、危険が伴うスポーツに没頭しているが、完全に危険を避けている。 フランキーの仮想上のリンボ（天国と地獄の中間の場所）は、教会へのうわべだけの訪問や人間関係の欠如に表現されている。


フランキーを奮起させるのに、なりたがり屋で、極貧で、闘志満々のマギー・フィッツジェラルド(スワンク)以上に適切な人物はいるだろうか？ 運悪く、既に31歳の彼女は、トレーニングに非常に貪欲なため、ほとんどジムで生活し、実際にジムで暮らしてトレーニングをし、バラバラの断片的なアドバイスにも飛びつくのである。


フランキーは「強靭さが足りない」と「お嬢ちゃん」をトレーニングをするつもりはない。 しかし、このお嬢ちゃんは、彼が降参するまでそこで頑張るのである。
このようにして、彼らの人生における不足を補う、慈愛のある関係が始まるのだ。


明らかに、スワンクは、この役に備えてハードなトレーニングをして来た。(ブルックリンのグリーソン・ジムで)　---　そして、均一に6分割された厚い腹筋を誇示している。


しかし彼女はまた、目がくらむほど厳しいヘアピン・カーブや、フランキーそしてフランキーの右腕の元ボクサー、エディ（フリーマン）とうまく噛み合うひねくれたウィットを含む、ある魅惑的で複雑な特質をマギーに与えている。


「ファイターになるために、人は裸の木になるまで葉を落とさなければならない」
勇気とヒロイズムといった、キャンプ・ファイアーでの説話のような役割を果たすナレーションで、エディは語る。


ポール・ハギスによる優れた脚本は、Ｆ.Ｘ・トゥール著 の短編小説集"Rope Burns" から脚色したものである。 それは俳優たちにキャラクターの関係を広げ結束させる余地を与えている。
彼らは冗談を言い、雑談をし、お互いの神経をいらだたせる。---　しかし、彼らはお互いがいなければ生きていけないのである。


人生の後半で、イーストウッドは最も優れた映画監督たちの一人となった。 加えて、本作での彼はまれに見る演技を見せるようになった。


私たちは彼のコーナーにいるのである。

2004　/　01　/　14

以下は、"Chicago Sun-Times" の、専属映画評論家ロジャー・エバート氏 による製作事情に関するトピックスです。


なお、作品に直接関係のない部分は省略してあります。
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100万にひとつのサクセス・ストーリー
A one-in-a-'Million' success story


文：ロジャー・エバート (ROGER EBERT)





何百万ドルのアカデミー賞のキャンペーンの時代において、クリント・イーストウッドの "Million Dollar Baby" は、古風な方法で成功に向かっているのかもしれない。：人は女性から結婚の承諾を得たことを明らかにするまでは、ポーカーフェースを保たなくてはいけないのだ。 それ自身も素晴らしい映画であるアレクサンダー・ペインの "Sideways" が、独立プロダクションの列から飛び出し、オスカー・パレードを導くのが妥当かに見えたが、今、勢いは "MDB" に向きを変えているように思える。


その作品のためのイーストウッドの戦略は、ハリウッドのきまりきった通念の正反対だった。
撮影開始のインタビューがなく、初期の予告編がなく、事前の広告がなく、大騒ぎの空宣伝がなかった。 彼は、最近の映画制作費でははした金と言える、およそ2500万ドルの予算で、黙々と効率的に映画を作ったのである。 次に彼は、国内の各地で試写会をほんの数回だけ、ひっそりと開いた。：シカゴでは11月29日に、編集担当者のジョエル・コックス自らが飛行機でプリントを持って行き、数人の評論家に見せたのである。


これらの試写会は、驚くべき公開前の批評を生み出した。
私自体、間違いなく2004年の最高作品である、名作を観てしまったと確信した状態で席を立ち、そのことを12月4日に放送された "Ebert & Roeper" で語った。


イーストウッドは、12月15日に、たった7つの劇場だけで "MDB" を公開した。それは興行成績の1館あたりの平均値では国内でトップであった。 評論家団体の多くは既に各自の映画賞を選考中であり、（月曜の夜に、"Critics' Choice Awards" を発表したブロードキャスト映画批評家協会のように）最高賞を "Sideways" に与えたが、ニューヨーク・タイムズの A.O.スコットと Manohla Dargis の両名や、全米批評家協会が、年間のベスト作品と評価したように、イーストウッドは重要なトロフィーを集め始めている。


アカデミー賞の投票者たちのほとんどは、ロサンゼルスやニューヨークに住んでおり、そこで早い時期から続映されている劇場作品は、アカデミー賞向けの作品によって埋められている。 今、"MDB" は、1月25日に発表予定であるアカデミー賞ノミネーションを利用することを完璧に見計らって、21日から拡大公開される。 オスカー投票者が各自の投票用紙を得る時、全米の映画ファンは、"MDB" の新鮮なパワーを忘れないだろう。


各映画賞を支配しているのはその年の遅くに公開された作品であるというのが、周知のオスカー現象である。 1年間の最優秀作品として指名を受ける5本の映画はすべて、12月に公開されていた作品である。 それはたぶん、映画によってかき立てられる感情の流れが、時間が経つにつれて強さを失うせいかもしれない。 "Sideways" が10月22日に公開されたということは、その魅力がアカデミー賞投票者の心には新鮮でないかもしれないことを意味しているのである。 (驚くことに、私たちがよく耳にする無料のビデオでその作品を見る者もいるだろう。)


A.O.スコットは、年間の最優秀作品として"MDB" を選んだだけではなく、公開されて9週間後の "Sideways" を、今年最も“過大評価”された作品と称して、1月2日にタイムズ紙上で意見を書くという驚くべき手段を取った。 ***中略**** 私はイーストウッドが、F.X.トゥールの小説に基づいた、ポール・ハギスの脚本を読んだ瞬間からオスカーを狙っていたのではないかとは思わない。 私が思うに、それがやろうとしていることを達成するのに必要なすべてのものを含んでおり、それ以上何もないという点で、ほとんど完璧に近い脚本である。


イーストウッドも同様に感じたに違いない。
この映画のスター、ヒラリー・スワンクは、この作品が彼女が今までに出演してきた中で「有色のページがない」唯一の映画であると私に語った。 映画の脚本は、草稿が検討され書き直しされると、変更されたページの部分は、それらを区別するために異なった色の紙で作り直されるのである。したがって、イーストウッドはひとつの変更もなしに最初の草稿通り撮影していたのであった。


予算以下で予定より早く撮影する迅速で有能なディレクターとしてハリウッドで有名なイーストウッドは、長年に渡る共同制作者のチームを召集した。 コックスは、イーストウッドの作品の中で23作を編集し、「許されざる者」でオスカーを獲得した。 プロダクション・デザイナー（美術）のヘンリー・バムステッドは90歳であり、1959年にヒッチコックの「めまい」で、過去3度受賞の内の最初のオスカーを獲得した。 バムステッドはイーストウッドの最近の9作品をデザインしてきた。 (「サウンド・ステージにヘンリーのための部屋を建ててあって、彼はそこにすべてのモデルとスケッチを持っていた」と、スワンクは私に語った。)


イーストウッドは、長年に渡りワーナー・ブラザースと提携してきたが、スタジオは今回の企画に関して興奮はしなかった。 ワーナーが残りの金額を払う前に、イーストウッドはシカゴを根拠地としているプロデューサーのトム・ローゼンバーグから制作費の半分を調達する必要があった。 「向こうにも1億5000ドルや2億ドルの作品が大いにある状態にもかかわらず、彼らはこの作品が重要なレベルにはないと考えていたんだ。」と、イーストウッドは私に語った。 「私には製作に必要な約2500万ドルがあった。彼らには製作中の『アレクサンダー』と『ポーラー・エクスプレス』を抱えていた。私の映画は自分の条件次第で、生きるか、死ぬかになると計算してたね」


彼にはそれがとても好都合だったと私は考えている。 自分の作品が偉大な可能性を持っ ていたと気づいているイーストウッドは、ひっそりとした人目につかない所を立ち去り、それを気づかれないようにしたいのである。


12月のインタビューでイーストウッドは私にこう語ってくれた。
「私たちは作品を製作して完成させた。だが彼らはそれについて何も知らなかったんだ。その後、作品を見せると、彼らは“ジーザス、悪くないよ”と言ったよ。役員の何人かがやっと気乗りし始めた」


アカデミー賞受賞のチャンスを考え、スタジオの重役は“キャンペーンを開始する”ことを議論した。 イーストウッドはこう返答した。
「キャンペーンは始めなくてもよい。何も仕掛けなくてよい。成り行きをただ見ていよう」と。


一握りの試験的に披露する劇場での公開と、口コミに頼るというのが彼のアイディアだった。---　最近では、アカデミー作品賞受賞の「炎のランナー」(1981)で成功した戦略である。 ある程度は口コミが必ずしも良いというわけではないかもしれないし、買収している国中のメディアのを利用するということもあって、最近では、重要な映画は同じ日のうちに何千ものスクリーンで公開される。 (「アレクサンダー」の場合を考えてほしい)。


ロンドンの"Sunday Independent" 紙に執筆している、カリフォルニアを根拠地とする映画評論家のデヴィッド・トムソンは、イーストウッドの作品が「最優秀作品を獲得するだろう」ときっぱり述べた。


***中略***


トムソンは、長年に渡り尊敬されてきた "Biographical Dictionary of Film" の作者である。 その言葉は彼の見解に重みを加えている: 「やりたいことなら何でもできるほどリッチで成功した人物だというのに、60歳ぐらいでイーストウッドは進歩し始めた。（5月には75歳になる）イーストウッドと同じ年代の人々は、信じられないほど幼稚になるか、もうろくするか、あるいは終わってしまうかという今日の映画界において、これは非常にまれな現象である。代わりに、イーストウッドはますます良い題材を捜し始めて、その過程の中で俳優と芸術家として自分を広げてきたのである」


すべては真実のことだが、私はいまだに、「それが良い作品と聞いているけど、ボクシング映画は好きではないんだ」、と語る人々に出くわすのだ。
「それはボクシング映画ではない。それはボクサーについての映画なんだ。 私の言葉を信じてほしい」 私が言えることは、それがすべてだ。

2005　/　01　/　12